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闇月夜     5/百花








 目が覚めたら、もう日は落ちていた。
 一瞬陰鬱な気持ちになったけど、よくよく考えてみればそれも当然。わたしは吸血鬼だから、間違っても夜明けに起きだすわけにはいかない。
 わたしにとっての夜明けは日没だ。わたしにとっての夜は昼、昼夜が逆転している。
 昨日のことを思い出した。決してわたしを苦しめた、わたしが自分に課したものがなくなったわけでもないけど、彼女、アルトルージュさんのおかげでそれも認めて生きていくこともできるんだと考えられるようになった。
 今までわたしは回りに合わせて生きてきた。笑顔は誰も傷つけないから、誰からも受け入れられるから。
 でも、もうそれも終わりにしなさいって言われた。
 わたしはわたしのために生きなさいって、わがままでいいんだって。
 欲しいものがあるならそれを主張して、頑張って、もぎ取るものだって。
 だから、悩むのはあとでもいい。――いや、悩み続けよう。ずっと、悩んで、答えを出して、また悩んで、それから答えを出して。ベストは手に入らないかもしれない、でもベターを積み重ねていけばそこにはきっとなにかある。ベストに代わるなにかがあるだろうから、誰だって生きていけるんだと思う。
 わたしってすごくゲンキン、たった一人に認めてもらっただけでこんなふうに考えられるなんて。
 甘えているのかな? 結局、わたしは誰かに頼っているしかないのかな?
 ――それでもいい、今は甘えさせてもらおう。彼女はいいと言ってくれたんだから。そして、いつかわたしが甘えなくてもいいようになったとき、お返ししよう。お礼になった分、それ以上、ありがとうって言わなくちゃ。そして、力になれるだけ、なればいい。なれるかどうかはわからないけど、なれるだけなってみよう。
 ああ、そうしたら、わたしは今までたくさんの人たちに甘えてきた。うん、彼にも甘えた。もう少し甘えたかったけど、またその機会もあるかもしれない。いっぱい、いっぱいありがとうって言わなくちゃ。
 それなら、みんなにもありがとうって言いたいな。いつかは来るわたしの最後に、わたしに関わった全ての人にありがとうって言って、いなくなるんだ。
 そして、そのときはまだ来ない。来させない。
 一年もあんな状態で生き延びただけあって、わたしは諦めが悪い。徹底的にあがいてみるのもいい。
「みんな、どうしてるかな……?」
 クラスメイト達の顔が浮かんでくる。余裕が出てきたらこれ。笑っちゃうけれど、それでいいと思う。
 笑って、懐かしんで、悩んで、後悔して、また笑う。
 そんな当たり前のことをしようって思いついた。
 天井を仰ぐ、真っ白な天井、壁も白。清潔感に満ちた部屋。それだけだと病院みたいな印象だけど、実際見てみればその雰囲気は少しもない。なんというか、重々しい感じがする。圧迫感があるんじゃなくて、ずっしりとして堅固な感じ。
 まず、窓が小さい。あまり採光のことを考えているとは思えない設計。次に床が石造り。壁も壁紙を張ってあるみたいだけど、これも石造り。天井からはシャンデリアがぶら下がっていて、なんだか高級感。見渡してみると部屋も広くて、学校の教室と同じか少し狭いぐらい。
 ベッドサイドにはランプが灯って闇を退けている。それでも薄暗いのは変わらないけど、今のわたしの目なら十分に明るい。
 いつまでもこうしていても始まらない。そうはいうもののこれからどうしたらいいのかもわからない。
 ベッドから身を起こしたまま、思いの外あっさりと悩みに直面してしまった。
 わたしがこの最初の試練をどう乗り越えていくべきか思案していると、外から足音が聞こえてきて――二人分の足音が近づいてきて、この部屋の前に止まる。
 そして、とんとん、と軽いノックの音。わたしはそれにはっ、と答える。
 すると二つあった気配の一つがそのまま離れていく。それと同時に扉が静かに開いて、全く音をたてずに女の人が入ってきた。
 腰まであるきれいなストレートのアッシュブロンド。背はそんなに高いってわけじゃないけど、わたしよりは高い。表情はそんなにかたいってわけじゃなく、どちらかといえばふんわりした感じ。一言でわかりやすく表現するのなら、優しそうなお姉さんってところ。そして、彼女の服はわたしの目がおかしくなっていないのならば、確かにそれは“メイド服”と呼ばれている、いわゆる一種の作業服だった。
 その彼女は、わたしが身を起こしているベッドから二歩ぐらい離れたところまで来て、深々と頭を下げて、こう言った。
「おはようございます。ご気分のほどはいかがでしょうか?」
「あ、は、はい、おかげさまで……」
 少し動転して、なんだかおかしな返事をしてしまった。すると彼女はふわりと笑ってまっすぐわたしを見る。
 ところで、この時間に“おはようございます”は適切なのかは考えないことにしようと思う。吸血鬼時間では間違ってもいないと思うし。
「センティフォリア、と申します。さつき様のお世話をさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします。御用がございましたらなんなりとお申し付けください」
 センティフォリアと名乗る彼女は優しく微笑んで深々と頭を下げる。第一印象はやっぱり優しそうな人。さらさらと流れる長い髪がとってもきれい。
 それにしても、“お世話”って言われても困る。わたしは今まで自分でできることは自分でしてきたし、そもそもメイドさんに付いてもらう生活なんてしたことない。
 そう彼女に伝えてみると、
「しかし、さつき様はこちらの事情に通じておられませんし、この城の中では何かと不便かと」
 城? 今、城って言った? あのお城のこと?
「その城で間違いないかと」
「そうですか……」
 まあ、お城ならメイドさんもいるだろうし、昨日のアルトルージュさんや、この部屋のつくりからしても城っていうのは間違いないみたい。
 それはそうと、結局今からどうしたものだろうか? とりあえずお風呂に入りたいとは思うけど、ここってお風呂あるのかな? ……シャワーぐらいならあるかもしれないけど。
 ちょっと待った、ここが城だってことはわかった、でもそれより気にするべきことがあるんじゃないだろうか?
 ――ここ、どこ?
「あの……ここ、どこですか?」
 すると彼女はにこりと笑い、
「どのようにお答えしましょうか?」
「地名でお願いします」
「ドイツ南部の山地です。近くにある大都市はミュンヘンがございます」
 わざとかそれとも天然なのか、とぼけたようなことを聞いておいて、その直後にあっさりとこちらに分かりやすい様に答えてくれたあたり、わざとなのだろう。意外とお茶目で遊び心がある人なのかもしれない。現にそこで笑みが深まったような気がする。
 それにしても、ドイツ? なんで目が覚めたらそんなところにいるのか。
「ドイツ、ですか……。――日本語、とても上手ですね。訛りもなくて、まったく違和感がなかったからここがドイツだなんて思いもしませんでした」
 そう、このセンティフォリアさんも昨日のアルトルージュさんもすごく流暢な日本語を話す。考えてみれば変な話。彼女達はどこから見たって日本人じゃないし、ましてやここはドイツらしい。そのドイツにある城の中での会話が日本語でなされているなんて妙な話だと思う。
 とりあえず、わたしがなんでいつの間にか外国にいるのかは説明があると踏んで後にする。
「私も随分と長く生きてきましたので、多少語学の心得はあります。私は日本語を一応修めていましたので、さつき様のお世話係を仰せつかりました」
 “長く生きてきた”? 彼女は見た目、二十代前半程度にしか見えない。
「その、長くって、どれくらいですか?」
「姫様方にお仕えするようになって五百年程でございます」
 二桁ほど聞き違えたかと思ったけど、残念ながらわたしの耳は今のところ、小さな音を聞き漏らすこともない位すこぶる正常だ。
 それに見てみれば、彼女の目はわたしと同様、赤い。紅の瞳。吸血鬼の目だ。それなら五百年っていう馬鹿げた長さもかろうじて納得できる、そんなものなんだろうって。
「やっぱり、あなたも吸血鬼、なんですか?」
 恐る恐る尋ねてみる。返ってくる答えはわかっているのに、確かな言葉にされないと不安でしかたがない。
 果たして、彼女はいたく当然そうに
「はい、正確に申しますと……いえ、そのことにつきましても姫様がお話があると仰せです」
 “姫様”というのは多分アルトルージュさんのことなんだろう。というより、彼女以外だとは思えない。“後で話そう”とも言っていたことだし、今からがその“後”なんだろう。
「わかりました。あの……」
 歯切れ悪く言葉を濁らせるわたしに、センティフォリアさんは、はい?、と小首を傾げる。
「その前にお風呂、入れませんか?」