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闇月夜     6/宵されど明 T








 ここは応接間、てっきり玉座とかがある謁見の間とかそういった部屋に連れて行かれるかと思ったけど、あっさりとそこを通り過ぎてこの部屋に通された。
 応接間といっても基本的にここの基準はわたしが普通考える“応接間”とは大違いで広い。それはもうホールって呼べるぐらい。天井はそこまで高くはないけど、とにかく広い。
 今わたしはその部屋にあるソファに腰掛けていて、その後ろにはセンティフォリアさんが控えている。

 さきほどお風呂について尋ねてみたところ、吸血鬼にとって流水は日光と並んで危険なもので、もっての外なので勧められない、って言われてがっかりした。
 でもその後、少しなら問題ないと言われたので膝下ぐらいまで浸かって体を拭くことにした。体を洗うなんて随分と久しぶりで気持ちよかったけど、つまりはそれまでずっと汚れたままだったってこと。でも思ったより汚れてなくて、どうやらわたしが気絶していた間に彼女が拭いていてくれたらしい。それを聞いて恥ずかしくも思ったものの、浴場でも体を拭くわたしに浴衣を着て髪を梳ってくれたりと、もう恥ずかしがる意味がなくなってしまった。
 お風呂で他の人に手伝ってもらうなんて我ながら何様かと思ったけど、髪を通る櫛が気持ちよかったり、他愛のないお話をしたりとそれはそれで有意義だった。
 彼女は第一印象通りの人で、少なくともわたしにはいい人に思われた。メイドさんっていうからにはもう少し固い人かとも思ったら、話しやすくってついそのままおしゃべりをしてしまいそうになったぐらい。
 彼女が言うには、このお城の中ではみんないろいろな言葉が話せるらしくて、わたしの手伝いをする人もそのなかから日本語を話せる人から選んだらしい。だから日本語が話せない人もいるわけで、やっぱり何かあったら彼女に言うのがいいそうだ。もちろん他にも日本語が話せる人はいるから、とりあえず尋ねてみて確かめることはするけど。一応英語はみんなできるらしいから、わたしも覚えた方がいいみたい。
 でもそんなこと言われても突然話せるようにはならない。そう答えると、助力は惜しみませんと答えられた。つまるところ、覚えなくてはいけないらしい。環境さえあれば意外とあっさり覚えられるとのことなので、あまり心配しなくてもいいみたいだからそうすることにする。それに、そういう話を聞いたこともなかったわけじゃない。

 とにかくここは応接間、目の前には昨日のアルトルージュさんが座っていて、その左右には男の人が二人立っている。その後ろには大きな犬――多分立ち上がったら頭の高さが2メートルから3メートルは余裕でありそうなほど大きな白い犬、犬というか狼みたいに見える。もしかしてこのために扉が大きかったり天井が高かったりするのだろうか。どちらにしても立ち上がったら窮屈そうに見えるだろう。
「して、どこまで聞いた?」
「えっと、ここがドイツにあるお城で、ここにいるのはみんな吸血鬼だってことぐらいしか……。
 あとは言葉のこととか、そういった細かいことをいくつか……」
 突然単刀直入に尋ねてきたので、しどろもどろながら答える。でも実際重要なことはあまりまだ聞かされていない。自分が答えることではないとセンティフォリアさんが教えてくれなかったから、その代わりにおしゃべりをしたりしてお互いの理解を深めたりしたのだけど。
「つまるところ、まだ何も聞いておらぬ、とそう申すか?」
「は、はい……」
 思わず萎縮してしまう。この人は別段意識しているわけでもなく自然に威圧感があるのだ。高圧的なものではないから居心地が悪いというものではないけど、なんとなく小さくなってしまう。
「まあ、よい。――少しばかり遅かったな」
「そ、それは、少し体を洗って……」
「で、あろうな。よもやあのままでここに出てくるほど恥知らずでもあるまい?」
 ちなみに今わたしは用意されていた服を着ている。最初はワンピースかと思ったのだけど、着てみるとこれもどちらかといえばドレスといえるもので、あっさりとした普段着のような服だった。装飾自体は少なく、若草色のきれいな服。サイズもちょうどいい。サイズといえば下着もぴったりだったので驚いた。センティフォリアさんが言うには、わたしが寝ている間に測りとっていたらしい。今から何を言っても始まらないけど、なんだか少し悔しいのはなぜだろう?
「先に申したことであるが、まずは紹介しておこう」
 そう言ってアルトルージュさんが目配せをすると、後ろに控えていた男の人のうち一人が一歩前に出て身を折る。
「はじめまして、サツキ。僕はフィナ=ヴラド・スヴェルテン、フィナで構わないよ。その代わりこちらの方も君の事を“サツキ”と呼ばせてもらうけど、いいかい?」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします」
 わたしはとっさに返す。このフィナさんは腰まであるぐらいのさらさらの長い金髪、すらっと背が高くて、いかにも昔のヨーロッパの貴族って感じの白い服を着ている。そして、すごい美人。佳人と言うべきだろうか? なんだか少女漫画にそのまま出てきそうなぐらいきれいな人。こんな状況じゃなかったら、他のみんなと一緒になって騒いでしまいそうなほど。だけど、今のわたしはそれどころじゃないからただ驚くだけ。一つだけ言えることは、この人は多分とっつきやすそうだということ。
「そして、彼が……ああ、やっぱり自分ではしないのかい? しょうがないね。――彼がリィゾ=バール・シュトラウト、気安くリィゾって呼んであげてくれ」
 リィゾさんはどうやら無口な人らしく、黙としてなにも語らない。長い黒髪をオールバックにしてがっしりとした体を黒いスーツに包んでいる。まるでフィナさんの鏡のような人。その……少し、とっつきにくそうな人。
「あの、はじめまして、リィゾさん」
「はじめてではないぞ」
 と、そこにアルトルージュさんが気になることを言う。はじめてじゃない? わたしはこの人に会ったことがあるってこと?
「そなたをここへ連れてきたのがこの者だ。憶えておらぬか?」
 そう言われてわたしの脳裏にあの夜のことがよみがえる。ああ、確かにわたしはこの人に会っている。わたしはこの人にあそこから救い上げてもらったんだ。憶えている、気を失う直前にわたしを抱き上げたその腕、まるでお父さんのように広くて、大きな腕。そこでわたしは小さな子供のように気を失って眠ってしまった。
「――あ、あの時はありがとうございました……」
 そう言って頭を下げる、ここに来て頭を下げっぱなしな気もするけど、実際それだけお世話になったのだからおかしなことじゃない。
 リィゾさんはわたしの言葉に軽く頷いた。ただ単に無口なだけか、それとも親しい人意外とはあまり話したがらない人なのかもしれない。あの時は何度もわたしに問いかけたりしていたけれど、無駄なことは言わない主義なのだろうか?
 ただ、一つ言えることは、このリィゾさんもフィナさんとはまた別のタイプのきれいな人。フィナさんを花とするなら、このリィゾさんは鋼みたい。
 挨拶も一通り終わったみたいなので、姿勢を正してアルトルージュさんの方を向く。これから本題に入るんだろう。わたしのこと、彼らのこと、吸血鬼のこと……そして、三咲町で何が起こっていたのかということ。たくさん聞かなければいけないことがある。
 でも、それもお預け。そのとき、わたしの頭の中に声が響いたからだ。
「(私の自己紹介がまだなのだが)」
 突然、何かが聞こえてた。まるで頭の中で鳴ったような声。思わず耳に手をあてがう。そのまま左右を見渡して見る。声の主は見当たらない。ひょっとしてと思って振り返ってセンティフォリアさんを見てみるけど、彼女は困ったような苦笑を浮かべるだけでさっぱり。視線を戻してみるとフィナさんも同じような苦笑いを浮かべるだけで、アルトルージュさんはどことなく面白がっているような顔。リィゾさんはなんというか鉄面皮とでもいうべき無表情で、そこからは何も読み取れない。
「(探しているところ悪いが、私は君の前にいる)」
 視線を上げると、そこで目があった。恍惚ゾクリとした。なんてきれい。なんて完全。床に伏せているのに持ち上げた頭はわたしのそれと同じ高さか、もっと高いくらい。わたしの目の前にあるその紅い両目には確かな知性の輝き。その瞳の持ち主は、間違いなくそこにいる神々しく、巨大な獣だった。
 息を呑む。確かに、ここにいるからには普通の生き物ではないとは思っていたけど、まさか話しかけてくるとは思わなかった。いや、これは話しかけているというのだろうか? 確かに言葉は伝わってきたけど、直接頭に意志が送り込まれてきた感じで、なんだか勝手が違う。
「ええと、あなたは……?」
「(私に君たちでいう“名”にあたるものはないが、プライミッツ・マーダーという呼称なら存在する)」
「つまり、それが名前ってことですか?」
「(そう思ってもらって構わない)」
 もう何にも驚かないようにしよう。吸血鬼がいるなら喋る犬も狼もいたっておかしくないような気もする。だから彼にも挨拶を返し、今度こそアルトルージュさんに向き直る。
 彼女はわたしと目が合うと、にい、と口を吊り上げて立ち上がる。
「フィナ、後はそなたに任せて障りないな?」
「ええ、ございません」
「妾は席を外す。この者から詳しいことを聞いておくがよい」
 彼女はそう言って応接間を後にした。プライミッツ・マーダーさんを伴って。
 自分で呼んでおいて、真っ先にどこかへ行ってしまった。確かに紹介する人がいるって言ったけど、紹介しかしてないんじゃないだろうか? いや、実際紹介していてのはこのフィナさんのような気もする。なんというか強引な人。でも悪い人ではないと思うし、一応これは引継ぎをしたってことだから説明がなくなるわけでもない。そう見てみると何も問題ないことがわかってしまって、まあいいかと納得することにする。
 わたしがこれからの彼女との関係をどう築き上げていくか考えていると、早速フィナさんが口を開く。
「じゃあサツキ、そろそろ本題に入ろうか」