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闇月夜     15/砂満つ水槽








 彼は忠実であり続けた。
 忠実ではあったが、別段死徒として優れていたわけではない。親となる死徒の血を受け一度死を迎え、それから百年もの時をかけ蘇生し、彼が埋葬されていた墓地にあった死体を喰い漁り自らの肉体を補完。腐肉を喰らい血を吸い続けるうちに幽体としての脳を形成し自我を得、力を付け親吸血鬼の支配を断ち切った。そんなありふれた、おおよそ全ての死徒が通る道を通ってきた死徒だった。
 繰り返し、彼は別段優秀だったわけではない。時間とそこに達する機会さえあれば、別段そう珍しいものでもない。無論その域に至るまでの道も狭きものではあるが、その程度のことは死徒達の社会で見ればごくありふれた、言ってしまえば実に平凡な存在と言えた。
 親を打ち破って以来、彼は親死徒の領地を自らの領地とし、少しずつ少しずつその勢力を拡大していく。彼は実に当たり前の死徒だったのだ。当たり前の吸血鬼、当たり前の憎悪、当たり前の悲劇、当たり前の絶望、当たり前の血化粧。当たり前な人間の延長線。
 しかしその次からが違った。彼はある人物に出会い、それこそが彼の方向性を決めることとなった。当たり前で、当たり前の域から飛び出した。たちまちのうちにこの人物に全てを捧げようと決心した。今回の任務を受けたときはそれこそ至福だった。主にかしずく並みいる死徒たちのなかでなお、主は彼を選んだのだから。
 誇った。困難であることは分かっている。だが、だからといって主が望みの無い配下を送り込むはずもない。力及ばぬのなら力及ぶその時まで彼の王は収穫を待つ。彼は主の全幅の信頼を受けこの任務を受けたのだ。確かに彼は単独でここに送り込まれたわけではなく、他にも適任とされた同胞らが数名選ばれた。その中の一人であることは確かだ。だが、そのようなことは彼にしてみればどうだってよかったのだろう。本当にたいした問題ではなく、些細な事に過ぎない。
 主に拾われてからというもの、彼はなおのこと己を磨き続けた。特殊な能力を持たない彼はそうするしかなく、それだけしかなかった。彼はただ吸血種として強力たらんと研鑽を続けてきた。そしてそれこそが、無能でありながらも最優を示すことこそが主が掲げるものそのものだった。何者よりも優れた無能者。誰もが到達できる、選ばれたものだけが優者ではない。才能にあぐらをかく連中に劣るいわれなどないと主は唱え続けた。唱え続け、屈せず、力をつけ続け、その果てに彼もまた強大な祖と認められているのだから。遥か歴史が開く以前からの積み重ね、それがどれ程のものになるのか想像などつきはしない。
 アインナッシュとの接触、それが彼の目的であり使命。この煉獄の中から無事帰還した者は極めて少ない。彼らもまた人の壁を突き抜けた存在であったからこそ帰ってこれたのだろう。しかし彼らの持ち帰った情報はさほど意味は無く、未だアインナッシュと交渉する糸口さえ掴めていない。

 木々の間隙を縫うように駆ける。アインナッシュが活動を停止するのはそう遠い先の事ではない。この機会を逃すと次は五十年後。今、力の均衡が崩れつつある今においてその五十年の価値は計り知れない。いずれ大きな戦が起きる。混沌の消滅、聞くところによればタタリと呼ばれる祖も滅びたらしい。確実に何かが変わってきている。だからこそ沈黙を守り、何者とも干渉を持たずに存在している最古の死徒の一人であるアインナッシュの力が、アルクェイド・ブリュンスタッドに敗れながらも今なお君臨する大吸血鬼の協力を得ることは極めて重要なのだ。
 それだけではない。アインナッシュの吸血行動はもはや現代で生きていくための手段としてはあまりにも理とは程遠い。まるで中世の、文明が未だ明るさを手に入れていないころのような無分別で大胆な行動。今ならまだ隠し通せるだろう。だが五十年後、今なお発展を続ける人間の科学技術から姿を隠すことはできるのだろうか。非常に困難だ。これからは一層注意深く身を潜めねばならない。故に彼らはアインナッシュを諌めるという目的も持っている。
 ――それが全くの無意味なモノであることを露とも知らずに。

 そのアインナッシュの世界の中で興味深いものを彼は見つけた。
 おそらくは死徒だ。それも少女。
 実質敵対しているアルトルージュ・ブリュンスタッド側の送り込んだ者か、それとも別口か。彼は彼女の姿に見覚えはなかった。なかったのだが、彼を打ちのめしたのは事実。――圧倒的なまでの存在規模。
 まるで隠そうともせずに森の中を歩いていく。距離にして二百メートル程離れたところをそれはそれは呆れる程拙い警戒をしながら繁みを掻き分けていく。とてつもなく信じがたいことである。だが現実は現実、もし彼女がこの森の生み出す幻影でないとして判断する。とすればあの少女は全くと言ってよいほどの素人だろう。経験不足も甚だしい。つまり、あの少女は“選ばれた者”である――。
 暗い憎念が湧き上がる。それは嫉妬。しかしそれに惑わされることなく冷静に分析する。感情に左右されない程には彼は年月を経てきた。嫉妬心を押し殺すなどそう難しいことではない。
 彼女がこの場にいるのは偶然とは考え難い。十中八九、どこかの勢力――死徒の姫か、協会か、それとも他の組織かが送り込んだと見て構うまい。どちらにせよ不可解だ。そもそもあの様な少女をここに送り込んでどうなるというのだ。
 だがひとつだけ確かな、彼が直感だけで判断できた事。理論ではなく直感に過ぎないそれは、しかし彼を今まで生かし続けたものでもある。
 この少女を放っておけば近いうち障害となる。今はまだ小さな力強い芽に過ぎないが、その根は驚くほど大きい。それが伸び花開くとき、主にとってはたしてよい結果を生むのだろうか。否、否、引き込める可能性もあるだろうが、それができずに敵に回れられでもしたら取り返しがつかない。なにより彼の直感が危険と告げているのだから。

 矢をつがえる。彼は弓の名手でもある。死徒でありながら様々な技に通じるのは主の基本の教えでもある。強力であってもよいが、彼らが求める先は優秀であること。ありとあらゆる手段に通じ、ありとあらゆる術を駆使する。吸血種として可能なありとあらゆる技能を修めてこそ優秀。
 弦を引き絞る。矢には強力な対死徒の概念――摂理の鍵の対死徒礼装の言葉が刻まれている。使える物は何であろうと使う。たとえそれが己にとって最大最凶の殲滅礼装であってもだ。人間が様々な兵器を扱うように、自身にとっての即死兵器を駆使するように、同族の敵に対するにはこれが一番合理的なのだから。
 一点に狙いをつける。腕の筋肉が限界まで引き絞られる。そして――。

 ――言い知れない悪寒を感じ、声を上げる間を惜しんででも飛びのいた。
 矢は明後日の方向へと森を貫き消えていく。だが彼にそれを目で追う余裕は全くなかった。引き裂かれた腕を押さえ、木々の間を疾駆する。乱立し、うねり、彼からも血を吸おうとする木々の間を高速で逃走し、背後を確認しようと振り返る。
 そこには紅く輝く双眸。禍々しく、無機質な殺害意思の源泉が氷のようにたたずむのみ。
 彼は悟った。己の生が、今度こそ終わりを告げると。恐怖と主への申し訳なさに心をかき乱される。ただ主の期待に応えることができなかったことが、残念で残念で、残念で堪らない。――申し訳ございません、わたくしめでは至る事すら叶いませんでした――
 絶望にうなだれる頭に振り下ろされる白く美しい繊手が、その死徒が目にした最後の光景、最後の色、最後の死だった。
 彼の努力は、積み重ねた凡人の血肉はこうしてより磨かれた才能の前に散ることとなった。そんな当たり前の結末。





「ええと、マルシェさん、ですか?」
 と、確認を取るように呟く。いや、ように、じゃなくて確認を取っているのは間違いない。だっていくらなんでもおかしいもの。
 いや、その、何がって、名前が。
「違うわよ。あたしはカリー。カリー・ド・マルシェ」
 目の前のカリーと名乗る人物との会話。どうにも要領を得ない。“カリー・ド・マルシェ”なら“マルシェのカレー”じゃないのか。いやそもそもそんな巫山戯た名前があるのか。ますます怪しい。けど、それを言うならわたしの名前も単純と言えば同じようなものなので、あまり深く考えないようにしよう。それに人の名前が巫山戯たとかどうとか言うのはいくらんでも失礼ってものだろうし。
 でもなあ。……アルトルージュさんもそういった意味では名前が意味を表してるって話だし、そういうものだと思っておこう。
「じゃあ、カリー・ド・マルシェさん?」
 カリーさん薄く笑って頷いた後、彼は今度は自分の番と口を開く。
 筋肉質だけど、どこかしなやかさを感じさせるカリーさんは、黒豹を連想させた。カレーだけど。
「カリーでいいわよ。それじゃあこっちの番ね。あなたのお名前教えてくれるかしら、お嬢ちゃん?」
 言葉だけをとると馬鹿にされてるような感じがするけど、その口調はそんな感じはまったくなくて、普段からこういう物言いをしてる人なんだと感じた。
 だからわたしもそんなに反発もせずにごく自然にカリーさんに答えた。
「弓塚……弓塚さつき、です」
「ふうん、やっぱり日本人だったのね。最初に日本語で話しかけておいて正解だったわ。でも珍しいわね。あなたどこで死徒になったの?」
「三咲町っていう、その……日本です。あの、日本語わかるんですか?」
「ええ、分かるわよ。それが何か? ふうん、日本……ね。そう、あなたここ最近日本で、ね」
 カリーさんはそこで考え込むようにあごに手を当てなにやら一人で納得している。なにかまずい事を言ってしまったような気もするけど、一つ大切な事を思い出した。
 初めて、初めてこの森であって森でないこの“森”で意思の疎通ができた人なんだから。
 ――言わないと。
「あ、いや、別になんでもないんですが……」
 思い出したからにはこれだけは言っておかないといけない。
「カリーさん」
「なに?」
「できるだけ早く、この森から離れてください」
 言うと彼は目を丸くし、わたしの目を覗き込んでくる。その眼光にややたじろきながらもなんとか平静を保つ。
 口元がへの字に曲がっているのが分かる、だけどここでこの森が本当に危ないと行っておかないと取り返しがつかないことになるかもしれない。それは嫌だ、それは困る、それはもうたくさん。
「あら、それならあなたもそうしないといけないわね。そうじゃない?」
 だからきっと逆にそんなふうに問い返されると分かっていた。
「わたし、ここでやらなくちゃいけないことがあるんです」
「あたしはここにいなくちゃいけない理由があるのよ」
 それでも、ただでさえここは危険なところ。ここにいる時間が長くなればなるほど命を落とす可能性は天井知らずに伸び上がっていく。ここに長くとどまりすぎて命を散らせた人は一体どれほどに上るのだろう。考えたくもない。
「どうしても、ですか?」
 他の人間の人たちよりも大丈夫だろうけど、それでもここにいて欲しくない。この人だって今ここで間違ってふとした拍子に死んでしまわないとは限らないのだから。
「そうよ、あなたがここから手ぶらで帰るわけにはいかないように、ね。大方、アルトルージュかトラフィムの手勢といったところかしら。本当ならここで白状させるところだけど――」
 そこでカリーさんは言葉を区切る。肩をすくめ、ため息のような笑い声を上げ、継ぐ。
「大体の見当はついたからいいわ。それに手荒いことでもしようものならそこで怖い目をしているお姉さんにお仕置きされそうだし。ここはおとなしくあなたの忠告を受けるわ」
 さっきまでの対応が夢を見ていたのか、と思えるぐらいあっさりとわたしのお願いを受け入れてくれたカリーさんはやれやれとばかりに肩をすくめる。
 ちょっと肩透かしを食らってしまった気分だ。
「それじゃシーユーさつき。またいつかどこかで何かの折に会うこともあるでしょう。バイ」
 最後に軽くそう言ったカリーさんは背を向け、手を振りながら再び森の中に踏み入っていく。そうこうしないうちに、全身は木々の間に紛れ込んで見えなくなる。
 さっきまでノーと言っていたのにいつの間にやらこちらの話を少なくとも言葉の上では受け入れ、去って行ってしまった。なんとなく、あれは出まかせなんかじゃないように感じた。
 ただ一つ、言えること。彼が、わたしがこの森で初めてまともに言葉を交わした“人”物だった。





 結局、カリーさんと別れてから何が変わったのか……実のところ何も変わらなかった。ただ森の中を襲い来るありとあらゆる物を避け、打ち払いつつ歩くだけ。走ってしまったら周囲への警戒が疎かになってしまって危険だ。細心の注意を払いつつ森の中を突き進む。
 そしてまた体液を吸い尽くされた死体を目にする。これももう何度目だろうか。思わず目をそむける。正直慣れるものとは思えない。いっそのこと慣れてしまった方がいいのかもしれないけれど、それは何かとてもよくない事のような気がした。血を吸うことを自分に許してしまうことと何も変わらないような気がする。
 死体は伸びた枝に胸を串刺しにされて、ぶら下がっていた。女性だった。彼女もまた胸に十字架を下げ、鎧には十字をかたどった意匠がほどこされている。この人も吸血鬼を殺すためにここに入り込んだのだろう。目をそむけたのに、ここまで克明に把握してしまう。この認識能力が今は少々煩わしい。
 報われない。この人たちが欲しいものなんてここにはないのに、こんなにたくさんの命が枯れ果てていく。
 本当に、報われない。
「失礼」
 そう背後から声がかかる。これで二人目。冷静に考えるわたしがいた。そう判断する冷静なわたしもいた。麻痺、かな……
 振り返ると、今までとは少々異なるいでたちの男性がこっちに歩いてきている。整った顔立ちの神父さん。それが最初のイメージ。と思ったのも彼がよく神父さんが来ているような法衣を着ているからだ。
 彼はわたしの横をまるでわたしがここにいないような足取りで通り抜け、枝に吊るされた死体に手を伸ばす。そこから引き抜こうとしたけれど、死体は既に水分という水分を吸い尽くされててたカラカラに乾いていた。手が触れるとそこからさらさらと崩れて、数回まばたきする間に全て砂になってしまった。
 それを見て神父さんは軽く十字を切る仕草をした後、わたしを振り返り見る。対するわたしはまず、こう尋ねた。なんとなく、促されたような気がしたから。
「あなたも、わたしを殺すんですか?」
 彼は軽く首をかしげ、一つ頷いてこう言った。
 まるで予想外の質問を浴びせられ、あまりの突拍子のなさに目を見開き、最後に納得をしたという顔だった。
「なるほど、警戒されているとは思っていましたが無理ないことでしたね。なるほどなるほど私が死徒である貴方に対して敵対するかと、そう心配しているのですね。それならばご心配には及びません。私、何より人のことを言えた身分でもないのですよ」
 苦笑を浮かべる彼に警戒を解くことはない。そう言っておいて、不意に刃を向けてくるかもしれないから。もうあんな思いは十分だから。笑顔で近づいた途端その手の中には銀の刃が握られていることなど一体何度あっただろうか。別段人間不信になったわけじゃない、わたしにはわたしを信用してくれる人がいるし、わたしだってそんな彼ら彼女らを信頼しているから、誰も信じられないなんて考えたりはしない。でもここでは事情が違ってくる。ここでは誰もが自分の仲間以外は敵と見なしてしまう。特に教会の人たちは最初から笑顔を見せることもなく、ただひたすら憎悪に満ちた顔でわたしに、死にかけた体を引きずってでも迫ってくる。動けば死ぬのに、動けない程死に切ってるのに、それでもわたしを殺すことが生涯唯一の希望とばかりに彼らは血を吐き地を這い知を捨てる。
「ふむ、どうやら信用してはくれないようですね。まあ、このような姿をしていてはやむを得ませんか。戸惑っているようですがまったくもって無理もない。このあまりにも異常な世界にあって理性を保っていられることの方が私には驚きだ。貴方がことさらに器用なのか、それともその真逆か。 ――実を言うとですね、知人を探しているのですよ」
 そう言って、今思いついたかのように一つ質問を投げかけてくる。
 なんだか掴みづらい人だ。どこかふわふわとしているのに、その実芯にあるのは鋼の刃じゃないかというぐらい。鋼どころじゃない、何か別の何かが中芯に通っている感じ。
「そうでした、人を探しているのですよ。可能性は低くとも尋ねてみる価値はあるでしょう。 ――奇妙な男を見ませんでしたか? 筋肉質で、この森にいるにはあまりにもそぐわない格好をした怪しい男です。とりあえず怪しい人物であれば間違いないのですが。いやなに、はぐれてしまいましてね。全く、世話が焼けます」
 そのような人物には一人心当たりがある。聞いた瞬間に思い出されたほど。つい先ほど別れた人物が正にその条件に合致する。確かに怪しかっけど言っていいのかな。
 もし目の前の人物が彼に何らかの害意を持って近づこうとしているのなら、それはとてもまずいことじゃないだろうか。
 悩んでいるわたしを見て、彼はこう続けた。
「その様子だと会ったようですね。大方私が彼に対し不利益をもたらすと心配しているといったところでしょうか。それで彼はどちらへ向かったのでしょうか? 参考程度にお聞きしたいのですが」
「……」
「――参りました。信用できない、そうれはもう信用できないでしょう。今私は貴方を納得させるような物的、状況証拠は持ち合わせていませんので」
 神父さんはくい、と一度天を仰ぎ、それから腕を組んだ。なんだか予想通りに当てが外れたから改めて何か考えてるように見える。
「さて、どうしたものか。参りましたね。手詰まりと言うわけではありませんが、やはりこれは困りました、困りましたね、困りましたよ、さてさて」
 言葉とは裏腹に、その表情は少しも困ったそぶりを見せていない。こんなことも十分に考えていたんだろう。
「そもそも彼、重ね重ね困った事に自覚が足りないようです。一体何のために、誰の代役としてここに送られたのか。これでは力を与えた私がまるで道化ではないか。ああいやいや、道化というのは的を射ているな。実に的確だ。いやいやいやここでの問題はカリーの独断先行。これで何かあったらナルバレックに何を言われるか知れたものではない。おっと、ここではシエルだな。ナルバレックにしてみればいずれ捨てるつもりの玩具が壊れた程度のものだろう。彼女にしてみれば我々全体がそのようなものなのでしょうがね」
 無意識にカリーさんの去った方向を見ていたわたしは、最後の言葉に引き戻された。どこかで聞いた名前だ。どこだったか、今はどうしてか思い出せない。いつ、どこで、誰だった。知っているはず、知らないはずない。誰の誰の誰の?
「おや、そちらでしたか。ご協力、感謝しますよ。お嬢さん」
 わたしが見ていた方向をわたしと同じように見据えていた神父さんは、わたしに向き直って軽く礼をする。
「あまり距離が離れるとこちらにも不都合です。ここは失礼させていただきますよ。機会があったらまた会うこともあるでしょう。その時はカリーも連れて参りましょうか。それと、貴方もあまりこの森にいることはお勧めしません。お勧めしない代わりといってはなんですが、早々に出るよう努めることをお勧めします」
 そう言って、神父さんはその姿を森に飲み込ませていった。今度はカリーさんと違い、お互い名乗ることもなかった。
 何がなんだかわからない。あまり気にしすぎてもどうしようもない気がしたので、気を取り直してわたしもまた森の中に分け入っていく。
 どうなろうとも、わたしの目的は変わりはしないのだから。